2009年に29歳で訪れた約5週間のヨーロッパひとり旅の最終地 ポルトガルの首都リスボンにて。

Travelin' Man & Woman Vol. 13 [バックナンバー]

坂本真綾がつづる旅エッセイ

「もう二度と一人旅なんかするもんか、めそめそ。って思ったはずなんだけどなあ」

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5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。5月16日から展開中の本連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにしたエッセイを寄稿してもらいます。

今回は今年デビュー30周年イヤーに突入した坂本真綾さんが登場。初めての一人旅での“失敗体験”の記憶を紐解くことで、歌手活動を30年間続けられた理由が見えてきたようです。真綾さんセレクトの“移動中に聴きたい旅プレイリスト”とともにお楽しみください。

/ 坂本真綾

考えてみると、初めての一人旅で失敗したのが良かった

初めての一人旅は小学校1年生の夏休み。羽田空港で両親に見送られ、ひとりで飛行機に乗って、福岡空港で待っている祖母と合流した。実質ひとりになるのはせいぜい1時間半程度だけど、7歳にとっては大冒険。決して短いとは言えない「旅」だった。
航空会社には6~7歳の子供がひとりで搭乗する際に出発空港から到着空港までサポートしてくれるサービスがある。機内ではCAさんが飴をくれたりおもちゃをくれたり終始気にかけてくれて。それなのに「飛行機は何度も乗ったことあるし」と本当は緊張しているくせに悟られないよう、私はすました顔で座っていた。
そんなふうに格好つけていたせいだ。フライト中に飲んでいたオレンジジュースをうっかりこぼしてしまう。しかも隣の席のスーツ姿の男性にかかってしまった。咄嗟に言葉も出ず固まる私。すぐにCAさんが現れてうまく対処してくれたのだけど、飛行機を降りるまでそれから数十分間、恥ずかしくて情けなくて消えてしまいたかった。ひとりでできると思っていたのに失敗した。悔しい、寂しい…もう二度と一人旅なんかするもんか、めそめそ。
って思ったはずなんだけどなあ。

旅が好きです、ひとりでどこでも行っちゃいます、と言われたら、あなたはどんな人物を想像するだろうか。外国語に自信があって自分にも自信があって、勇敢で大胆で人見知りせず誰にでも心を開けて、どこでも眠れる強めのメンタルを持っているんだろうなーと思ったりしないだろうか。実際そういう人もいるだろう。現地の人と意気投合していきなり一緒に踊りだしちゃうような姿、旅エッセイとか旅番組とかでよく見かける。私は真逆だ。英語にも自分にも自信などなく、ミスが多くて小心者で、めちゃくちゃ人見知り、踊りません歌いませんそんな私だけど旅は好きです。
好きだけど出発する前は怖くなるし、旅慣れてるってほど垢抜けていない。ナタリーさんで旅コラムを書く資格はほとんどない。
ただ、好きなだけ歩き、好きなだけ休み、約束もなく、ゴールもない。知ってる人が誰一人いない空間でようやく深呼吸できるという感覚がある。とことんひとりぼっちになってしまいたいという願望を満たせる場が、私にとっての旅なのかな。
情報と違う! 想像を超える! 予測がつかない! 一人旅ってハプニングばかり。全部自分で考えて決めて対処しなくてはいけない、そんな追い込まれた状況の時だけ現れる、私さえ知らなかった私がいる。いっぱいいっぱいになりながら、自分を思い切り信じたり、とことん疑ったりを繰り返し、汗だくになって鉄を打つような作業。おかげで旅の後では少しだけ強度が増しているような。だから大変でも、また行きたくなる。

考えてみると7歳の時、初めての一人旅で失敗したのが良かった。はじめからうまくやれたことは案外記憶に残らないが、失敗したことって忘れない。そして失敗したことには、もう一度トライする動機が生まれる。
子育てをしていると本当は「失敗」なんてものはないんだってわかる。転んで怪我しても、友達と喧嘩しても、お漏らししても失敗じゃない。経験するからうまくなる。恥をかいても泣いても怒ってもそれは間違いじゃない。これからもうまくいかないことにいっぱい巡り合うであろう我が子を見守りながら、どんどん「失敗」しとけ、と思う。

今年、歌手デビュー30周年。
高校生の時にデビューして30年間歌手やってます、というとどんな人物を想像するだろうか。貪欲で、運が良くて、歌うことが好きなんだろうな、とか? 確かにそれもある。でも多分それ以上に、私が下手で、不器用で、苦手なことがいっぱいあったから30年も続けられたんだと思う。旅も音楽も、苦手だけど好き、怖いけどやりたい、下手だからうまくなりたい、そんな感じで気づいたらやめられなくなった。
30年の音楽活動という旅を振り返ってみれば数えきれないほどのハプニング、そして「失敗」があったもんだぜ。そのすべてを清々しく愛情を込めて眺められる今の自分を、なかなか良い感じだなと思う。

2009年以降、ほぼ毎年海外での仕事が続く。2018年、久々の一人旅となったクロアチア・ドゥブロヴニクにて。

2009年以降、ほぼ毎年海外での仕事が続く。2018年、久々の一人旅となったクロアチア・ドゥブロヴニクにて。

同じく2018年に訪れたクロアチア・ドゥブロヴニクの城壁にて。「いつか旅に出る日」(作詞作曲:坂本真綾)の歌詞に出てくる“城壁”はこちら。

同じく2018年に訪れたクロアチア・ドゥブロヴニクの城壁にて。「いつか旅に出る日」(作詞作曲:坂本真綾)の歌詞に出てくる“城壁”はこちら。

移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by 坂本真綾

01. 大橋トリオ「A BIRD」
02. くるり「その線は水平線」
03. スピッツ「ビギナー」
04. BONNIE PINK「街の名前」
05. indigo la End「ラムネ」
06. YUKI「Baby, it’s you」
07. 松任谷由実「acacia」
08. ハナレグミ「旅に出ると」
09. 坂本真綾「いつか旅に出る日」

坂本真綾

1980年3月31日生まれ、東京都出身。幼少期より劇団で活動し、自身が主人公の声を担当した1996年放送のテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビュー。以降コンスタントに作品を発表する傍ら、声優、女優、ラジオパーソナリティとしても活動している。2025年4月、歌手デビュー30周年イヤー突入を記念して特設サイトを開設。本サイトではアニバーサリー企画「MAAYA's BEST SONG~あなたの一番好きな坂本真綾の曲を教えてください~」を実施中。また5月21日に36thシングル「Drops」がCDシングルとして発売された。

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#坂本真綾 #maaya_30th

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