iriの新作EP「Seek」がリリースされた。「Seek」には新たな旅立ちをテーマにTaka Perry、西田修大、石若駿、Kota Matsukawa、TAARを迎えて制作された全4曲が収められている。
iriが地元・逗子を離れ、東京やニューヨークの街からインスピレーションを受けて生み出した「Seek」。新たなトライを経て完成した本作について、iriに話を聞いた。
取材・文 / 森朋之撮影 / 梁瀬玉実
やりたい音に身を委ねた
──音楽ナタリーでのインタビューはアルバム「PRIVATE」のリリース時以来2年ぶりです(参照:iriインタビュー|「1曲1曲があまりにもプライベートすぎる」6thアルバム)。この間にアルバムを引っさげた全国ツアー、昨年3月の日本武道館ライブ、ドラマ「スカイキャッスル」の主題歌「Swamp」をはじめ、「Pick you up」「Faster than me」のリリースなどがありましたが、iriさんにとってはどんな期間でしたか?
武道館だったり(参照:iriが30歳目前に“夢のような”武道館初ワンマン、サプライズで5lackとパフォーマンス)、初めて地上波ドラマのタイアップがあったり、それまでよりも多くの人に知ってもらえる機会があったのかなと思ってますね。あとはフィーチャリングゲストとしてTAIKINGくんの「Day Life(feat. iri)」、ハナレグミさんの「雨上がりのGood Day(feat. iri)」に参加したり、いろいろ経験した時期だったのかなと。その中で吸収できたもの、見えてくるものもたくさんあったと思います。去年30歳になって、新しいトライをしたいという気持ちもあったのかもしれないですね。今、自分がやりたいことはなんだろう?と考えて。
──それが今回のEP「Seek」につながった?
このEPに関しては、あまり考えすぎないで、自分がやりたい音に身を委ねた感じですね。そこで出てくるメロディや言葉に向き合って。4曲ともプロデューサーが違うので、1枚を通していろんな曲を楽しんでもらえたらいいなと思ってます。
──Taka Perryさん、西田修大さん、Kota Matsukawaさんとのセッションは初めでですよね。
TAARくん以外は皆さん“はじめまして”です。今まではお互いに理解がないと不安だったんですけど、制作陣が変わったから、「新しい人と出会ってみよう」という気持ちがありました。今までとは違うテイストにしていて、ちょっと実験的なところもあるかも。全部自分がやってみたかったサウンドだし、好きなものをやるというところはブレてないんですけどね。
永積さんの言葉でちょっとずつ変われた
──1曲目の「Butterfly」はローファイ感のあるトラックが印象的なナンバーです。プロデューサーはTaka Perryさんですが、以前から交流はあったんですか?
一昨年、SIRUPくんの曲(「umi tsuki feat. iri」)のリミックスバージョンをTakaくんが作ってくれたのがきっかけですね。その後Takaくんからインスタのメッセージで「一緒に曲を作りませんか?」と連絡が来て。いくつか音源も送っていただいたんですけど、なかなかタイミングが合わなくて、今回ようやく形になりました。送ってもらったデモはどれもよかったんですけど、リリースのタイミングや、ほかの曲とのバランスを含めて、自分の好みで選ばせてもらいました。その時点でほぼトラックは仕上がっていて、私のほうでメロディと歌詞を乗せて。何度かTakaくんと連絡を取らせてもらってブラッシュアップしていった感じですね。
──ギターのフレーズもiriさんの声質に合っていて。
そうかも。とにかくコード感がすごく好きだし、落ち着いた雰囲気もいいなって。今はそういうモードなのかもしれないですね。
──「だれにも言わずでかけた」「そっと手を伸ばしてみる」という前向きなイメージの歌詞も印象的です。
ありがとうございます。私はどちらかというと内にこもりがちで、プライベートでも積極的に人に会うタイプじゃなかったんですよ。友達に「iriちゃんに会いたいって人がいるよ」と言われても、「大丈夫です」とやんわり断る感じで(笑)。新しい人に出会うのが怖かったというか、避けていたところがあったんです。でも、いろんな人とコラボしたり、一緒に曲を作らせてもらったりするうちに、少しずつ気持ちが変わってきて。ハナレグミさんのライブに参加させてもらって(昨年12月に開催されたハナレグミのワンマンライブ「ホールでGOOD DAY」東京・昭和女子大学人見記念講堂公演)、お話をさせていただいたのも大きかったですね。永積タカシさんは昔から憧れのアーティストなんです。楽曲も歌声もすごく好きで、そのうえ人間性も素晴らしい。永積さんの言葉に助けられているミュージシャン、たくさんいるみたいなんですよ。
──わかる気がします。
アドバイスやヒントになる言葉をくれて。永積さんに「もっといろんな人と会ってみたら」ってポロッと言ってもらったこともずっと心に残っていたので、ちょっとずつ「新しい人と話してみよう」「外の世界を見たい」と思うようになりました。
──そういう変化が「Butterfly」の歌詞に反映されている?
そうですね。この歌詞、東京の街をひたすら歩きながら書いたんです。原宿、目黒、代官山あたりなんですけど、夜の空気をまとった街というより、さわやかな場所を朝から晩まで歩いて。途中でカフェで休んだりもしたんですけど(笑)、やっぱり浮かんでくる言葉が違うんですよね。タイミング的にもうすぐ春という時期だったので、そういう雰囲気も出てるかも。
──これまでは地元の逗子あたりで歌詞を書くことが多かったと思うので、かなり大きな変化ですね。
そうだと思います。確かにずっと地元で書いていたんですけど、「今ここにいたら書けないな」と思ったので、場所を変えてみました。「春に東京に来て……」という感じが新社会人とか新入生みたいですよね。
ニューヨークで受けた刺激
──歌詞が変わればフロウにも影響するし、作風も広がりそうですね。2曲目の「harunone」はギタリストの西田修大さんとの共作です。
西田さんはハナレグミさんのアルバムにも参加されているし、中村佳穂さんのアルバムやKID FRESINOくんのライブ、フェスなどでも演奏を聴いたことがあって、ぜひ一緒に作りたいなと以前から思ってたんです。ジャズテイストのサウンドにもトライしたかったので、石若駿さんにも参加していただきました。
──石若さんはこの10年くらい、ジャズシーンを代表するドラマーとして活躍を続けていますからね。
石若さんが叩いてる楽曲もライブもすごいなと思っていたし、ちょうどEPの制作に入る頃に「BLUE GIANT」を観ていたんですよ。「このプレイヤーの方と一緒にやってみたい」と思っていたことが実現して、新鮮でしたね。
──制作のプロセスも普段とは違っていた?
ベースになる音源を西田さんに作ってもらったんですけど、打ち込みのトラックとはやっぱり質感が違いました。生音が生かされているし、全体的に丸みがあって繊細で。この曲はリズムもかなり複雑なんですよ。なんとなくイメージをお伝えして、あとは石若さんにお任せしたら、いろんな機材を持ってきてくれて、その場でたくさんアイデアを出してくれました。ドラムのレコーディング、めちゃくちゃ楽しかったです。西田さんがその場で「ちょっと弾いてくれない?」とお願いして、石若さんがピアノも弾いてくれたんですよ。そういう過程を見られたのもよかったですね。
──かなり独創的なサウンドに仕上がっていますが、この音の上で歌うのはどうでした?
自然と歌声も違ってくるし、新しいことができた気がします。ビートの難度が高いというか、今回のEPの中で一番歌入れが大変だったかも。
──西田さんのディレクションはなかった?
レコーディングに立ち会ってくれて、「がんばれ!」と応援してくれました(笑)。こういう伸びやかなロングトーンも今までやったことがなかったので、かなり挑戦でしたね。
──楽曲後半の「きみは何も悪くはない ただただに誠実で 優しすぎる」から始まるリリックもこの曲のポイントだと思います。
あ、よかった。最初のほうに「整備しては また壊れる」という歌詞があるんですけど、去年の大晦日に、車をぶつけられたんですよ。さあ、これから遊びに行こうというタイミングで、車を擦られて。この曲の歌詞はそこから始まってます(笑)。
──めちゃくちゃリアルじゃないですか(笑)。
(笑)。あと、今年の2月の頭にニューヨークに行ったんですよ。初めて会った人といろんな話をしていたら、その子が「明日からニューヨークなんだよね」と言ってて。「いいなー、私も行きたい」と思ったその勢いで行っちゃったんですよ。向こうに着いたタイミングで「harunone」の音源が送られてきて、それがめちゃくちゃカッコよかった。その興奮のままに書いたのがこの歌詞なんです。
──そうなんですね! ニューヨーク旅行は完全にプライベート?
そうです。ずっと「海外旅行とか疲れるよね」と遠ざけてたんですけど、そのときは「行こう」と思って。2月なのでめちゃくちゃ寒かったですね。20歳くらいで初めてニューヨークに行ったときにお世話になったジャズシンガーの方やヘアメイクさんとも6年ぶりくらいに会えて。お互いの状況を話したり、「みんなもいろいろがんばってるんだな」と実感しながらいい刺激をもらいました。あと、ジャズクラブで何本かライブを観ました。アヴィシャイ・コーエン(現代のジャズを代表するベーシスト、シンガー、コンボーザー)とか。
──いいですね! それにしても東京の街を歩いたり、ニューヨークに行ったり、めちゃくちゃアクティブじゃないですか。
本当に。都会の女ですよ(笑)。
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Kotaくんとのトライ