Omoinotakeのニューシングル「ひとりごと」が5月21日にリリースされた。
表題曲はテレビアニメ「薬屋のひとりごと」第2期・第2クールのエンディングテーマとして書き下ろされた1曲。繊細な転調を重ねながら、登場人物たちの揺れ動く内面が丁寧に描かれている。カップリング曲「在りか」には、バンドの目標であった「NHK紅白歌合戦」初出場を経て、改めてメンバーが“Omoinotakeらしさ”と向き合ったときの思いが率直な言葉で表現されている。
音楽ナタリーは4月中旬、ツアー真っ只中の3人にインタビュー。アニメ主題歌の制作アプローチ、13回の転調に込めた意図、「在りか」に投影された現在地と等身大の感情、さらに秋からスタートするツアーや初の武道館公演への思いまで、じっくりと語ってもらった。
取材・文 / 矢島由佳子撮影 / YURIE PEPE
13回の転調で表現した揺らぎ
──テレビアニメ「薬屋のひとりごと」第2期・第2クールのエンディングテーマ「ひとりごと」は、1曲の中で13回転調することでリスナーを驚かせています。いつもタイアップする作品からビートや曲調のインスピレーションを得て楽曲を制作されているレオ(藤井)さんですが、今回は「薬屋のひとりごと」の原作を読んで、どんな曲を作ろうと思ったのでしょうか?
藤井怜央(Vo, Key) アニメ本編のネタバレになってしまう部分は伏せるのですが、このクールでは子翠というキャラクターが二面性のある存在として描かれているので、そこを音に落とし込みたいなと思っていました。その部分を、さりげなく転調してキーを変えることで表そうと思ったところから作り始めた曲ですね。いつも作品からもらったインスピレーションをアレンジに反映させてきましたけど、ここまで具体的な形に落とし込んだことはなかったですし、「転調で表してみよう」と思いついたときからすごくやりがいを感じました。作っていて楽しかったです。
──子翠の二面性を表すために、1、2回の転調でとどまるのではなく、13回も転調させる手法を取ったのはどういう発想からですか?
藤井 1人の人間である以上、どんどん変化していくし、2つの側面を持っていても、それらが混ざり合ったりすると思うんです。最初は「D♭メジャー」で始まって、そのあと「D♭マイナー」にいって、長調と短調がグルッとひっくり返ることで“表と裏”を表しているんですけど、そこからは「あっちでもないし、こっちでもない」といった様子を表現したくてこれだけ転調をしました。個人的にリスナーとしても突飛な転調があまり好きではないので、「気付いたら世界がちょっと変わっているな」というくらいの、スルッと転調するものをいつかやりたいなという思いもありました。
──「スルッと転調するもの」のほうが好きというのは、どういう理由からなんですか?
藤井 ずっと同じキーだと聴いていて安心感があるじゃないですか。それを突飛な転調によって裏切ることが苦手で。地続きでありながらちょっとだけ展開が変わるもののほうが、没入した先で世界の色がちょっとだけ変わる感覚になれるから好きなんですよね。
──歌詞は今作もエモアキ(福島)さんによるものですが、原作を読んだうえで、どんなことを思いながら書かれたのでしょう。
福島智朗(B) 第2クールは、全体を通して「哀しさ」が漂っていると感じました。その中でも「ひとりごと」は重要な場面で流れる曲ということもあって、そのシーンにはきっと「喪失」が合うのだろうと。主人公・猫猫はあまり感情を表に出さないタイプのキャラクターですけど、心の中ではこんなことを思っていたらいいなとも考えていました。
「ひとりごと」とは何か
──「薬屋のひとりごと」のテーマソングを書こうとしたとき、いろんな作品への焦点の当て方ができると思うんです。タイトルになっている「ひとりごと」の部分をストレートに切り取ったのは、どんな考えからだったんですか?
福島 過去の「薬屋のひとりごと」のテーマ曲を聴いたときに、薬についての曲を書いている人はすでにいたけど、ひとりごとに関してはまだ誰もいなかったことが、1つの理由としてありました。「日常に存在していた当たり前の会話がひとりごとになってしまった」という絵が浮かんだことがきっかけですね。花や花言葉をテーマにしてみたり、ラブソングっぽいものも書いてみたり、いろんなパターンで詞を考えてみたんですけど、「“ひとりごと”はどうだろう」と思ってからは勢いよく書けました。結果的に、このテーマにして本当によかったです。
──このアニメに限らず、人々の日常における「ひとりごと」に対して、エモアキさんはどんなイメージを持っていますか?
福島 「無意識なひとりごと」と「意識するひとりごと」がありますよね。「ひとりごと」というのは、その両方を含む総称だと思う。それに、口に出さずとも、みんな心の中でずっとひとりごとを言っているようなものじゃないですか。対象がいて、その人に思いを巡らせているときに出るもの。でも、どこにも届かないもの……というイメージですかね。逆に言うと、相槌だけでも会話になるんだなって思います。俺、歌詞を書いてるときはひとりごとをめちゃめちゃ言ってるなあ……歌詞なんてひとりごとみたいなものですもんね。
──でも歌詞も、誰かに届いたときに“会話”になるということですよね。編曲は、Omoinotakeの泣きメロ曲である「Blanco」「東京」「雨と喪失」を手がけてきたShingo.Sさんとの共作ですが、今作ではShingoさんとどういった部分を追求しましたか?
藤井 抽象的な言い方になるんですけど、今までShingoさんと制作した曲は「硬くてずっしりとしたアレンジ」というイメージで。ヒップホップやR&Bのループ系のトラックをよく作られているので、「華やか」「煌びやか」よりも、ドーンと重心が低いようなアレンジをされる方という印象で、「ひとりごと」もそういったサウンドにしたいなと思っていました。Shingoさんと一緒に取り組むからこそ、ある意味Nujabes的な、ピアノのフレーズのループで曲を引っ張っていく感じにしたいなと思って、それが2番のAメロ、Bメロに反映されています。あとはやっぱり「薬屋のひとりごと」からのインスピレーションでオリエンタルな雰囲気を取り入れたいと思っていて、Shingoさんに入ってもらうことで、そこにも磨きがかかりました。2番のピアノはオリエンタルなフレーズをサンプリングっぽくしたり、ピアノのハモリもオリエンタルな雰囲気の度数にしたり、裏で打楽器の音色をたくさん重ねまくったりしています。
冨田洋之進(Dr) 僕はオリエンタルな楽器が欲しくてチャイナシンバルを買いました。この曲のレコーディングの日に初めて使いましたね。スネアもすごくいい音で録れたという自負があります。
──ジャケットに関しても聞かせてください。期間生産限定盤には猫猫と子翠が描かれている一方、通常盤と初回生産限定盤は花がモチーフになっています。この花にはどんな意味が込められていますか?
福島 アートディレクターのフジイセイヤさんに、「友情」「協力」「ずっと離れない」という花言葉があるニリンソウをモチーフにしていただきました。通常盤のジャケットは、鏡を使った撮影でニリンソウが引き剥がされている感じを表現していただき、初回生産限定盤は片方が咲いていないようなイメージになっていますよね。
藤井 今気付いたけど、期間生産限定盤の子翠と猫猫の配置と、初回生産限定盤の咲いている花と咲いてない花の構図が……切なすぎます。
──第2クールが終わったときに改めて「ひとりごと」を聴くと、曲やジャケットから新たな意味が浮かび上がってきて、より深く心に響くものになりそうですね。
福島 そうですね。そういう作りにはできたかなと、本当に思っていますね。
結局、自分は自分のまま
──カップリング曲の「在りか」は、1月にリリースされたアルバム「Pieces」のタイトル曲の続編とも言えるような、バンドのことをまっすぐ歌った曲だと思います。これは詞と曲、どちらが先にできたものですか?
福島 詞先ですね。「Pieces」は去年書いたものだったので、改めて「今自分は何を思っているのだろう」ということを考えながら3月頃に書き出しました。
──2024年はOmoinotakeにとって「紅白歌合戦」をはじめ、これまで目標としていた場所に立つことができた1年でした。それを経て今、何を思うのかが「在りか」では歌われていると思うんですけど、3月頃はどんなことを感じていたんですか?
福島 いろんな場所に立たせてもらって、「変わったでしょう?」と言われたり、自分でも「変わるかな?」と期待したりもしたんですけど、そんなことは一切なくて。結局、自分は自分のままだし、弱いなと思う部分もどんどん増えていくし。「もっと」という欲が出てくる自分も知りました。そういうことを曲に書き残しておきたいなと思いましたね。
──12月中旬に行ったインタビューで「紅白歌合戦」の大舞台に立つ前の心境について聞いた際、「とんでもなく憧れていた場所に立たせていただいても、自分が激変することはないだろうなという予感がする」と話されていました。実際にあの舞台に立って、どんなことを思いました?
福島 実際に「紅白」の舞台に立って、もちろんまた来年も立ちたいなと思いましたし、「一度立っただけで価値観が大きく変わるような人生を送ってないわ」とも思いました。また明日は明日で苦しいなって。ここで死ぬわけではないもんなと思う。もちろんめっちゃうれしかったですけど。俺はそんな感じだったかな。
藤井 出場し続けることを目標にしているので、とにかく「何度も立ちたい」という思いがすごくはっきりしたものになりました。これからもずっと音楽を続けていく中で、もし出られない年があったら、もうとんでもなく悔しいだろうなと想像してしまいますね。家で「紅白」を見ることになっちゃったら、その年をスッキリとした気持ちで終われないだろうなと思う。
冨田 僕は年末ヘトヘトだったので、「紅白」を無事に終えたときは「これで終わるんだ」という安堵がとにかく強かったですね(笑)。
福島 「もう熱出てもいいんだ」って思ったよね(笑)。
──本番が終わるまでは体調管理が何より大事ですもんね……。「在りか」では、いくつもの目標を達成しても「小さな心も 悩みの数も」変わらないし、「未完成のままでいい」と歌われています。未完成でもいいと思えるのは、どうしてですか?
福島 もし、いつか迷いや不安がすべてなくなったとしたら、それは俺じゃないなとも思うので。まあそんな人はいないと思うんですけど。ずっと何かしらに憧れ続けて生きていくのが人生なのかなと思いますね。
──だからこそ、ずっと誰かが「眩しい」ように見えても、それでいいと思えたと。
福島 本当にそうですね。「いっちょ上がったね」みたいに言われることにムカついていたのもあったかもしれないです(笑)。「夢が叶った人」みたいな感じで来られると、「簡単に言うなよ」って思うというか。
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「3人」を落とし込んだ音楽