ロイヤルホストに通う日々
──「遠くへ行きたい」はいわゆるシティポップ的な曲で、もっと言えば90年代ポップス的なムードもあります。世間がイメージするスカートの音楽像というか、こういう曲を望んでいるリスナーが多いのかなと感じました。
ある意味でスカートの音楽を聴いている人とのコミュニケーションを試みた1曲ではあるかもしれない。「トゥー・ドゥリフターズ」がお構いなしにぶっ飛ばす曲だとしたら、「遠くへ行きたい」は目配せしながら作ったというか。この曲を作り始めたのが「コード進行であっちこっち行くみたいなのはもういやだ」と思っていた時期で、高校生がギターを触り始めてすぐに思い付くようなコード進行で作れないかというアイデアが起点でした。とはいえ、最初のコード進行はすごくシンプルながら、どんどん変になっていくんですけど。
──歌詞に「キャプション」という言葉が出てくる曲ってあまりないですよね。
確かに(笑)。この曲と次の「ミント」は歌詞が大変でした。「キャプション」もなんとか絞り出した感じで。今回のアルバム、作詞は修行でしたね。基本、作曲より作詞の締め切りのほうがあとなんですけど、ミックス前には用意しなくちゃいけなくて。オケは「ラララ」で録れるけど、ミックスのときは歌がないと作業できないから。1カ月に6、7曲書かなきゃいけないスケジュール感だったのでハードでした。でも書き上げた歌詞を俯瞰して見ると、そのハードな感じは見て取れないのが不思議で。
──詞を書くときは自宅で?
2016年までシェアハウスをしていて、その頃はリビングに行けば広くてキレイな机があったからそこで書けたけど、妻と同棲を始めてからは同じような環境では作業できなくなって。それからはファミレスで歌詞を書くようになりました。昔は1日粘れば1曲書けたけど、加齢なのか集中力のなさが極まってきてる。1曲書くのに2、3日かかるのが普通になっちゃって、ロイヤルホストに通い詰めた結果、家計を圧迫して大変でした(笑)。
──「スカート文体」とでも言えるような歌詞のスタイル、個性はこの15年でしっかり確立されていますよね。
あー確かに。でも、それがどこから来てるのか自分でもわからないんです。それに「Extended Vol.1」を作る少し前、IRORI Recordsに「歌詞は別の人が書いたほうがいいんじゃないか?」と提案したことがあるんです。やっぱり歌詞が暗いから売れないのかなって(笑)。そしたらレーベルヘッドの守谷(和真)さんが「いや、作詞は澤部さんがいいと思います」とスッと言ってくれて、その言葉が自信にもなっているんだけど、「本当かな?」といまだに思ってたりします。
──15年人前に立ち続けても拭えない、人間の根本的な暗さが(笑)。
そう、どうやってもにじみ出ちゃうから(笑)。
──でも、それがスカートのよさだし、リスナーはその少し影のある表現を求めているのでは。
スカートは“売れてる”と“売れてない”の間を行ったり来たりしていて、それを10何年も続けてると、「どこに原因があるんだ? やっぱり歌詞が暗いからか?」と考えちゃうんですよね。でも、そう思ってもらえていたらうれしい。
渾身の“アルバムの中の変な曲”
──先ほど話題に出た「トゥー・ドゥリフターズ」は、澤部さんはこういう曲を書くためにアルバムを出しているんだろうなと感じました。いちリスナーとして今まで吸収してきた“アルバムたるもの”の自分なりの到達点が出せたんじゃないですか?
まさにそうで。だからこそポニーキャニオンが「先行シングルはこの曲がいいんじゃないですか」と言ってくれたのが非常にうれしかった。「トゥー・ドゥリフターズ」のような曲は“アルバムの中の変な曲”で終わることが常なので、そういう変な曲をこのレコード会社は押してくれるんだって。
──ベースが右で鳴ってたり、最後の「見えてこないか?」の「か?」の部分で左にパンしたり、音像で遊ぶような曲ってスカートにはあまりなかったですよね。
確かにほとんどやったことないかも。その「見えてこないか?」の部分も、先行シングルのほうではやってないんですよ。アルバムに入れるとなったときに、「見えてこないか?」と言ってるんだから、(首を左に振りながら)「こないか?」ってしないとダメだよなと思って。
──物理的に首が左に振れているわけですね(笑)。先ほどTyrannosaurus Rexの名前が挙がりましたけど、僕は日本のミュージシャンが歴代やってきた“ビートルズ風”の最新形だと感じました。The Beatlesっぽいというよりも、日本人好みの“ビートルズ風”。
アコギの音をスタジオではなく階段で録ったり、最初のカウントも足で取ったりして、なんとも言えないいい響きになったんですよ。その絶妙さをエンジニアの葛西(敏彦)さんがいい塩梅にまとめてくれて。あと、この曲はドラムの入りを佐久間さんが完璧に叩いてくれたのが最高でした。デモが送られてきたときに「これは最高だ!」って(笑)。デモはもう少し歪んでいたんですけどね、さすがに生楽器でそこまで歪ませてしまうと、ちょっといろいろあるから、今くらいの柔らかさにしたけど、めっちゃいいですね。
一番ポップで、一番屈折してる
──7曲目の「期待と予感」は「遠くへ行きたい」と同じく、いわゆる“スカートっぽさ”のある曲だなと感じます。スカートのポップな側面を極端に表現するとこうなるのかなとも思いました。
カリカチュアにしたつもりだったんだけれども、意外と「そうはさせるか」という気持ちが強く前に出てきちゃった1曲ではありますね。一番ポップなんだけど、一番屈折してる曲かもしれない。「期待と予感」は2年前に出したシングル曲なんですけど、これを作ってた頃は「SONGS」(2022年)がいつも通り凪の反応で、もっとわかりやすくしないとダメなのかな?と悩み始めた時期でした。それで四つ打ちと向き合ってみたり、エンジニアさんを変えてみたり、自分なりに変化を付けてみたけど結局は凪だった(笑)。当時はすごく落ち込みましたね。そんな曲が今回のアルバムにうまく収まったのはうれしいです。下手したら入れられないんじゃないかとも思ったけど、B面の1曲目と考えたら違和感ないかなって。
──「四月怪談」もアルバムならではの曲ですよね。展開も歌詞も淡々としてますけど、こういう曲はどうやって出てくるんだろうと気になりました。
自分1人である程度作ったデモをみんなに聴いてもらったら、佐久間さんに「澤部くんがこういう曲を作ると、毎回ギターのカッティングがまったく同じになるから、コード頭で『ジャラーン』と弾いてるだけのデモを送って」と言われて。
──(笑)。
もともとはもう少し揺れる感じのある曲だったんだけど、それを佐久間さんが暗い四つ打ちにしたことでよりムードが生まれたんです。僕も普段のレコーディングではやらない指弾きでギターを弾いたりして、結果的に表情を変えられたのはよかった。あとはやっぱり暗い曲が好きなんですよ。前のアルバムだと「粗悪な月あかり」のような、暗くてイギリスっぽいムードをもっと追い求めていたい。で、最初に1人で作ってたときには、もう少しメロウで踊れる感じになればいいなと考えてましたね。
──シタールっぽい音はギターにエフェクトをかけたもの?
あれは偽エレキシタールです。ギターテックの方にエレキシタールを入れたいと伝えたら、「アタッチメントだけ付けてやってみる?」と提案してくれて。いざやってみたらすごい暴れ馬で、ヒーヒー言いながら録ってました(笑)。
──スカートの楽器編成はわりと固定されていて、飛び道具的な音要素が基本少ないだけに、こういう音が急に聴こえてくると目立ちますね。
「メロウにしたい」という気持ちがエレキシタールにだけ残ったのかも。
オリジナリティの集大成
──9曲目は映画「不死身ラヴァーズ」の主題歌として書かれた「君はきっとずっと知らない」です。この曲からは本作の中でも一番と言っていいくらいスカートのシグネチャーを感じました。
うれしい! これめっちゃ気に入ってるんですよ。逆に言えば多重録音のデモを渡して肉付けしてもらう作り方は、この曲でやり切ったのかもしれない。佐久間さんにも「澤部くんももう歳なんだから、1人でいろいろ作れる年齢でもないよ」とストレートに言われました(笑)。自分ではそうは思わないけど、昔の作品と照らし合わせて配置をしようとすると「ここにはあの曲があるしなあ……」となるから、図星は図星なんですけど。
──自分の中から湧き出るオリジナリティの集大成的な手応えがある?
それはすごくありますね。
──それを映画の主題歌でやれるのはすごいですよ。
これが大変だったんですよ(笑)。「不死身ラヴァーズ」はGO!GO!7188の「C7」が重要な場面でかかる映画で、監督に「『C7』が主題歌でいいじゃないですか」と何度も伝えたんですけど、「主題歌は澤部さんにお願いしたい」と言ってもらって。それを超えるとなると、もう「自分なりにいい曲を書くしかない」というところに落ち着くんですよ。「こういう曲が必要です」というレベルではなく、「とにかくいい曲を書いてくれ」ってオファーなんだと。だから心配しながら提出した覚えがありますね。
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有機的な変化を遂げた「ひとつ欠けただけ」