今のヒップホップブームが去ったとき“本質”が問われる
──今年は特に、日本のラッパーたちが日本武道館のステージでワンマンライブを開催することも増えましたし、大規模なヒップホップイベントも各地で行われています。こうした状況を、今のAKさんはどう捉えていらっしゃいますか。
よくも悪くも今、日本にはヒップホップ最大のブームが来ていて、しかも去りそうな雰囲気がある。ブームによる最後のボーナスがみんなに訪れているところで、この“ブームボーナス”がなくなったときに、問われるものがあるんじゃないかとも思いますね。例えばラッパーが初めて武道館に立つということは、それまでの活動の結果が1つ実ったということだけど、今のブーム的要素が重なって、こんなにたくさんのアーティストが同時期に武道館のステージに立つことができる状況になるんだな、と。でも、みんなに知ってほしいのは、「これが通常ではない」ってことなんです。ここからさらに武道館に立つヒップホップアーティストが増えると思いますけど、おそらく2025年の後半にもなると「また武道館か」という空気が生まれてくるんじゃないか。それはとても怖いことで、ブームが去った瞬間に問われるのは“本質”なんです。
──なるほど。
例えば、自分のファン以外の人たちの前に放り出されて、ライブをやったときに『すげえな』って言わせられるラッパーが何人いるのかという話なんですよね。そこをクリアできなかったら、日本のヒップホップブームは終わっていくと思います。自分のことを上げたいわけじゃないですけど、俺はロックフェスのサブステージに出るときも、万全の準備をしてからライブをしてました。会場に着いたら走り込みをしてウォーミングアップをして、誰よりも用意してました。それくらい、自分のファンがいないところでもどれだけやるかを心がけていましたし、海外に行ったときはもっとそれを強く意識しました。S.O.B.'s(ニューヨークの老舗ライブハウス)でやったHOT97(ニューヨーク最大のヒップホップラジオ局)のイベントは黒人ばっかりのクラウドだったし、どうやって自分の曲で戦えばいいの?という気分でしたけど、そこは“人対人”として、エンタテイナーとしてどうやって人の心をつかむのか、本気で考えて挑んだんです。自分のことを知っていて「わー!」と騒いでくれる人の前でやるライブとは違う。そうした状況ももちろんありがたいですけど、そこだけを見ていても意味はない。これこそ、今のヒップホップの課題だと思います。
──そうですね。
来年、ヒップホップのライブ現場が閑散としているか、1つのカルチャーとして評価されるかはみんなの素養にかかっていると思います。アーティストとして、どれだけ鍛錬できるかということ。言葉を飾らずに言うと、レベルが低いんです。ファッション的なことでしかないというか。チートは全部抜かないとダメですね。
YZERRとは出会う前から、音楽でつながっていた
──このたび、AKさんが2012年にリリースした「START IT AGAIN」にYZERRさんを迎えたリミックスバージョンがリリースされました。オリジナルの楽曲は現時点でMVが1900万回以上の再生数を誇る代表曲ですが、なぜ、今この楽曲をリミックスすることになったのでしょうか。
書籍を出版する話が出たときに、ピンと来たんです。本のタイトルは「START IT AGAIN」にしようと。そして、書籍を通して若者──特に不良少年たちに向けて何か啓発できたら、という思いがあって。そこがスタート地点でした。でもやっぱり、俺にとっては音楽が基盤なんです。そして「START IT AGAIN」という曲は、俺のマスターピースだと思っていて。その曲がメインで、書籍はあくまで曲に“付いてくる”もの。「曲に書籍が付いてる」っていう形にしたかった。そこで、次世代の若者に向けるのであれば、その世代のカリスマ、かつ「何も持たなかった者が、何かを持てるようになった」というメッセージを象徴する人物と一緒にリミックスを作りたいと思った。そう考えたときに思い浮かんだのがYZERRでした。彼らの解散ライブのときにできた「SOHO」という曲もそうだし、俺はYZERRと出会う前から音楽でつながっていたんですよね。
──「SOHO」でYZERRさんがAKさんとの出会いを歌っていますよね。
自分で言うのもおこがましいですけど、あいつはもともと俺のファンでいてくれて、俺が以前やってたファン限定ブログを、毎日更新されるのを楽しみにしてくれていたらしいんです。兄のパブロ(T-Pablow)が「高校生ラップ選手権」で優勝したり、メディアで注目が集まり始めたときには、弟であるYZERRが地元のしがらみを背負うことになり、家にも帰れず、橋の下で寝泊まりしてた時期もあった。そんなときに「START IT AGAIN」を聴きながら泣いていたらしくて。それで彼がニューヨークに住むおばさんを頼ってアメリカに渡ったときに、現地で「イケてる日本人がいるな」と見ていたら、ニューヨークのソーホーを歩いている俺だったという(笑)。それを見て「俺もあんなふうになりてえ」と思ってくれたらしく。そんなふうに、俺と面識ができる前から音楽でつながってくれていた若者が、BAD HOPとして成り上がり、自分の夢を叶えた。「START IT AGAIN」のリミックスをやるなら、もう彼しかいないと思ったんです。実際、YZERRにこの話を断られたらリミックス自体、やらないつもりでした。
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今のYZERRは“はぐれメタル”