志保のビジュアルは先に犬種=コーギーから考えた
──「犬飼くんのシッポ」「恋犬」ではタイトルにもあるように「犬」の存在が大きな位置を占めています。先生は「紅茶王子」をお描きになっていたころから、犬をテーマにしたマンガを描きたかったんですよね?
山田 そうですね。やりたい気持ちはずっとあったんですけど、犬と生活することに、もうちょっと自信が持てるようになったら描こうかなって思ってたんです。犬を飼う知識とか技術とか、ちゃんと発信できるレベルかな?っていう不安があったんですね。また、飼い主の中にはペットショップから迎えた人もいれば、保護犬を迎えた人もいる。どっちの立場の人もいるから、誰かが読んで、気分が悪くなるものにはしたくなくて。私自身がペットショップやブリーダーから犬を迎えた経験がないこともあって、その「どちらの気持ちもちゃんとわかる」っていうバランス感覚が、自分にまだ足りないかもしれないって思ってたんです。でもようやく、そういう知識や自信もついてきたので、じゃあ描いてみようって。
──絵の面ではいかがですか? 「恋犬」を経て、描き慣れてきたのかなとも思うのですが。
山田 犬って描くの難しいんですよ。でも描き慣れてくると、「体の仕組みはみんなだいたい同じなんだな」ってわかってきて、ある程度は描けるようになるんです。ただ、犬種ごとに特徴があるので、そこを間違えるとすぐバレちゃうんです。特にその犬種を飼っている人にはすぐ気づかれちゃうので、そこは細心の注意を払って描いてました。
──先生の描く犬たちって、ただリアルなだけじゃなくて、生きてる感じとか官能性とか、深みもあって素晴らしいなと思ってました。やはりそこに至るまでは、かなりの年数がかかったのですね。
山田 そうですね、本当に長い時間かかりました。
花澤 私、実は犬猫アレルギーを持っているんですよ。私が生まれるちょっと前くらいから、家にシーズーがいたんです。でも私にアレルギーが出ちゃって、その子は仕方なくおじいちゃんの家に引き取られていったんです。おじいちゃんの家に遊びに行ったときだけ会える存在でしたが、私としては一緒に成長してきた感じで、なんというか、私よりもずっと大人っぽくて、すごく包容力があって、私がお母さんとケンカして泣いたりすると、すっと寄り添ってきてくれたりして……お姉ちゃんみたいな存在でした。だから、そういうワンちゃんとの思い出があるからこそ、作品に出てくる犬たちにも「ちゃんと魂が宿ってる」ってすごく感じたんです。しかも、その子たちが擬人化されて人型になったときも違和感ないんですよね。今ってAIでペットの写真を擬人化できたりするじゃないですか。でもそういうのとは全然違って、もっと「ちゃんと生きてる」感じがします。「紅茶王子」のときも思いましたが、先生の描くキャラクターって、ちゃんと成長するんですよね。そこがすごいなって思いながら読んでました。
山田 ありがとうございます。
──犬種と人間、どちらを先に考えたんですか?
山田 犬種が先ですね。志保も最初はコーギーを描きたいと思ったところから始まったので、コーギーのしっぽのようなものがついてたほうがいいなと思い、ポニーテールにしたんです。犬の毛色や形からキャラクターデザインを作っているので、実はそこまで苦労していないんですよね。「恋犬」のアキラもまずドーベルマンにしようと思ったんですが、一般的な黒いドーベルマンだと怖すぎるかなって茶色にして。ドーベルマンって耳を切ったり尻尾を短くしたりするんですけど、元が人間という設定だとさすがにそれはしないだろうと思い、耳も垂れたままで、尻尾も長いままになっています。
花澤 本当に素晴らしい擬人化というか、人間への落とし込みだと思いました。その犬種ごとの個性や雰囲気がしっかりと人間の姿にも活かされているんですよね。私も声優として、子供時代の声と成長後の声を演じ分けることがあるんですけど、「こういうふうに演じ分けられたらいいな」って思いながら、お話を聞いていました。同じ魂を持っているなら、どちらも自然に演じられるはずって思うんですけど、それを受け入れてもらえるかどうかは、やっぱり観てくれる人の感性次第なので……ドキドキしますよね。
──このシリーズは、まず第一に人間が犬になるっていうすごく大きな「嘘」がありますよね。だからこそ細部のリアリティを徹底的に追求して、物語世界に実在感を生み出しているのだということが、お話を聞いてとてもよくわかりました。
「このキャラは絶対に◯◯はしない」というルールを最初に決めておく
──改めて「恋犬」についても伺いたいと思います。前回の特集でコメントをいただいた時点ではまだ完結していなかったわけですが、最後まで読み通してみて、花澤さんはどのような思いを抱きましたか?
花澤 本当に、なんていうか……理想的な終わり方だったなって思いました。みんながちゃんと幸せになって、「最後まで読んでよかった!」と、心から思える最終回でした。特に好きなエピソードは、7巻の律歌がアキラの家族にあいさつしに行くところですね。本当に「山田先生らしいなあ」って思って……。言葉の重みやまっすぐな思いとともに、今まで積み重ねてきたものが一気に思い出されて、すごく泣けました。一生忘れないと思います。
──9巻の「あとがき」でも先生ご自身がお書きになっていましたが、主人公2人の問題は途中であらかた解決してしまいました。そうした中で先生としては、その後のエピソードを大きな波乱なく描いていくことに、何か難しさはありましたか?
山田 そんなに悩んだり不安になったりはしなかったですね。普通に生活していく中で、結婚までにクリアしていくべき小さな課題、例えば引っ越しとか新居探しとか、そういうのをひとつずつ描いていけば自然とネタもできるかなって思っていました。新しい家に引っ越したら、きっと新しい住人や犬がいて、そこからまた話を広げられるだろうと、割と自然に進めていったんです。あえて「大きなすれ違い」とかは入れずに、楽しいことやちょっと大変なことをひとつずつクリアしていく形で物語を作っていきました。
花澤 同世代の方にもリアルで参考になる内容だなって思いました。
山田 逆に私、当て馬キャラを出して三角関係にする話って、本当に苦手なんですよ。やろうと思ってそれっぽいキャラを出しても、全然話が動かなくて……。過去作でもちょこちょこあって、例えば「オレンジチョコレート」とか「空色海岸」でも、何やら新たなイケメンが出てきてひと波乱ありそうな雰囲気だけど結局いい相談役になっちゃって終わるってパターンがすごく多いんです(笑)。だから三角関係をやるなら、最初から「これは三角関係の話です!」っていう前提でお話を作らないと、私には無理だなって。「空色海岸」では最初から三角関係の話って決めていたからうまくいったんですけど、さらにもう1人追加しようとしたら、やっぱり無理でした(笑)。たぶん連載を追ってくれていた読者さんは、「ああ、あのキャラのことだな」ってわかると思います(笑)。
花澤 やっぱり読んでいて嫌な気持ちになるキャラが出てこないっていうのは、すごく心地よかったです。「恋犬」でも律歌ちゃんに好意を寄せてるんだろうなあって人たちも、結局全然障害にならなかったですよね。読者としては主人公カップルのいちゃいちゃをずっと見ていたいっていう気持ちがあるので、そのほうがありがたいです(笑)。
山田 そうですよね。
──意外性というところで言うと、主役の2人はまったく異なるパーソナリティの持ち主ですよね。育った環境も全然違う2人がだんだん近づいていく、その過程とか関係性の変化を描くうえで、先生が気をつけていたことはありますか?
山田 まず、物語を動かすためだからと言ってキャラがブレるようなことはさせない、ということをすごく意識してました。「このキャラは絶対に◯◯はしない」っていうルールを最初にいくつか決めておいて、それだけは絶対に守るようにしたんです。例えば律歌は一見、人当たりがよくてニコニコしてるけど、実はすごく頑固で、無意識にそれを隠してる子なんです。過去にあんまりよくない経験をしてきたから、人に対してとても大きな壁を持ってる。流されやすいところもあるんだけど、本当に大事な場面では絶対に断固拒否できる子っていうのを、最初から設定してました。で、アキラのほうは逆に、「俺はこんなに全部さらけ出してるのに、なんで心を開いてもらえないんだ……」って、実際は全部さらけ出してはいないんだけどその自覚はないという、ちょっと厄介な感情を抱えたりする。そういうベースをしっかり決めておいて、動かさない。それが動くときっていうのは、2人が本当にわかり合えたときかな、っていうふうに考えてました。そうやって話を作っていけば、キャラクターがブレずに最後までいけるだろうと。
──2人が「変わる」というよりは、「理解し合っていく」っていうイメージなんですよね。ガンガンぶつかりながらも、少しずつお互いの形が変わっていくような感じ。花澤さんは、主役の2人のキャラクターをどう感じましたか?
花澤 キャラクターとしてすごく面白いなって思いました。律歌ちゃんが両思いになって、少しずつほぐれていく感じとか、すごくキュンとしました。「そんなこと言ったら我慢できなくなっちゃうでしょうよ!」ってことを言いながら、でも進まないっていう、あのせめぎ合いが、すごくよかったですね。ところでずっと思ってたんですが、「恋犬」はアニメ化しないんですか? 動くみんなが見てみたいなあ、って。
山田 そればっかりは私の一存ではどうにも(笑)。エロ要素もありますし。
花澤 最近は大人向け枠もあるし、大丈夫ですよ!
──もしアニメ化したら、花澤さんは誰役ですかね?
山田 それはもう律歌でしょう(笑)。
花澤 オーディション受けます! めちゃくちゃ気合い入れます!
山田 「ホンマでっか!?TV」で声をあててくれたときもすごくかわいかったですよ。
花澤 ありがとうございます! そんなことになったら、私、アフレコでぶっ倒れそうですけど(笑)、先生の期待に応えられるよう、ちゃんとがんばります!