三宅乱丈作品にはグッと入り込んでしまうグルーヴ感がある
──「羽虫のヘルツ」には個性豊かなキャラクターがたくさん登場しますが、楢﨑さんが特にお気に入りのキャラクターは?
楢﨑 まずはとにかく、タミーがかわいい! みんなクセが強い中で、ピュアな魂と圧倒的な愛を感じます。タミーとタミママが札幌に引っ越してしまうと聞いて、彰人がショックで思わず韻を踏んでしまうところはすごく面白かったです(笑)。最高の表現だなって。
三宅 あはは。あそこは、ばーっと考えていたらいつの間にか韻を踏んでいました(笑)。
楢﨑 クセの強いキャラクターたちですが、見ているとちょっとクスッとしてしまうところもあって。それによって「変だな」「怖い」という拒否反応より、「掘っていったら自分にも、こうした変態性や狂っているところがあるのかもしれない」「みんな実はこれくらい変なのかもしれない」という感覚になってくるんです。そんなふうに感じながら読むのも楽しいですね。
三宅 ありがとうございます。私が描いていて楽しいのは加奈子ちゃんですね。もともと超能力が好きだからかもしれないんですけど、「この子、いっぱい変なこと考えてるな」って(笑)。
──「羽虫のヘルツ」では、キャラクターが脳内で考えていることが、勢いのあるモノローグで書かれているのも印象的です。個人的には三宅先生の作品には、読んでいて心地よいグルーヴの波に飲み込まれる感覚があるのですが、楢﨑さんはどう感じますか?
楢﨑 そうですね。ライブでお客さんと時間をともにする中で生まれる、大きな波に自分が勝手に乗っていくことをグルーヴとするならば、それと同じ感覚がします。三宅先生の作品は俯瞰的に読むのではなく、グッと入り込んでしまうんですよね。
三宅 わあ、ミュージシャンの方にグルーヴ認定を受けた!(笑) 音楽のライブでは、波の中に自分も混ざっていくような感覚が楽しいですよね。自分が何者でもなくなる、自由な感覚というか。
楢﨑 わかります。「今の自分は大きな波の一部になっている」という感覚がいいですよね。
──「羽虫のヘルツ」では「fish」よりも描線が太くなっていますし、モノローグも太字の部分があって、画面にメリハリが効いています。そうした部分でもグルーヴ感を意識されているのかなと、個人的には思っていました。
三宅 ああ、なるほど。グルーヴ感までは考えてなかったですが、確かに描線はメリハリを意識しています。その時どきの感覚で少し線が太くなってしまっても、「これはこれでいいな」と通したり。フルデジタルにしてから、用意されているツールを使っていろいろ調整するのも面白くて。簡単に線を同じ太さにしたり、線のガタガタを直すこともできてしまうから、逆にノリで生まれることを優先したいという気持ちがあります。アナログに慣れていたので、手描きの味を消されてしまうのが嫌なんですよね。
楢﨑 なるほど。僕たちはパソコン上でデモを制作したりするんですが、DTM(デスクトップミュージック)にも、人間が生み出したヨレを補正する機能があるんですよ。それをどこまで生かすか毎回悩んでいるので、近い感覚がありますね。一発録りで人間くささをあえて残すこともあれば、機械のまったくズレないニュアンスを生かすこともある。毎回、楽曲ごとに最適な表現を判断しています。
三宅 同じですね! 「羽虫のヘルツ」はコメディだから、微調整しやすい部分もあります。少しのニュアンスでちょっと笑えるシーンにするか、悲しいシーンにするか、いろいろチャレンジできるジャンルだと思っています。
楢﨑 技術が進歩してできることの幅は広がったけど、その中で何を選択するかは、やはりクリエイターの感情次第なんですよね。
──三宅先生はシリアスとコメディの振り幅がとても大きいですよね。これは純粋な興味なんですが、執筆中のご自身の精神状態は、作品のトーンに近づくのでしょうか?
三宅 私は逆に、シリアスなものを描いているとすごく変なことを言いたくなるかもしれません(笑)。以前、シリアスな作品と4コマギャグを同時並行して連載していたんですが、その頃が一番やりやすかったんですよね。コメディはその中間のような感覚。でも基本的には、何を描いていても楽しいです。シリアスな作品で、悲しいシーンを描いていても楽しい。作品の世界にグッと入り込んで、その波の中で「自分は何者でもない」という感覚になれるのが面白いです。
メンバー間の意識のすり合わせは、散歩をしながら
──せっかくの機会なので、お互いに質問してみたいことがあればぜひお願いします。
楢﨑 三宅先生の作品はキャラクターが突拍子もない方向にポンポン動いていくのが不思議で、「どこまで設計図があるのかな」と思っていたんです。先ほど「キャラクターに聞く」というお話を聞いて、合点がいきました。キャラクターそれぞれに魂があって、その人に聞いてみてからお話を動かしているようなイメージでしょうか?
三宅 そうなんです。自由に描いたらどんな方向に行ってしまうのか、私自身も心配なので(笑)、キャラクターにどうしたいかを聞いてから決めています。
楢﨑 なるほど……! 面白いです。
三宅 ヒゲダンさんはライブで曲のアレンジが変わりますけど、観ていて「よくぐちゃぐちゃにならないな」と思うんですよ。「ミックスナッツ」なんて、音源よりさらに畳み掛けるようなアレンジになっていますよね。涼しげな顔で弾きこなしていらっしゃるので、メンバーの皆さん同士でテレパシーが使えるのかな?と思っていました(笑)。
楢﨑 (笑)。僕自身は特に自由に弾けるタイプじゃなくて、めちゃくちゃ練習するんです。僕らはボーカルの(藤原)聡が持ってきたデモをもとに、パソコンで設計図を作って曲を完成させていくんですけど、それをしっかり練習してレコーディングして、完成した音源を聴き込んで、イメージを頭に入れて、ライブで弾くようなイメージですね。全部計算づくなわけではなくて、たまに事故も起きていますよ(笑)。
三宅 楢﨑さんはベースを持っていたと思ったらいつの間にかサックスになっていたりするし、いろんな楽器を使われていて本当にすごいです! ヒゲダンさんはすごく仲がいいバンドですよね。結成から10年以上経っていますよね?
楢﨑 今年の6月で結成13周年になります。
三宅 すごいことですよ。私はもう27年くらいマンガを描いていますが、ヒゲダンさんは13年ですでに大御所のような責任を負っていらっしゃると思いますし、ヒゲダンというジャンルを確立しているし。
楢﨑 社会的にバンドがどうあるべきかなどは、メンバーそれぞれで考えていることが違うと思うんです。日頃から、そういう意識を散歩しながら共有するようにしていますね。「今のバンドをどう見ているか」「どういう方向に持っていきたいか」「どういうライブを作っていきたいか」など、1人ひとりとしっかり話す。違和感を感じたときは「ちょっと海行かない?」と電話して、時間を作ります。
三宅 わあ……。皆さんバンドが大好きで、家族のように守っているんですね。
マンガ好きな人は、ひとまず1話を読んでみて!
──最近関心を持っているトピックや好きなものを、おふたりそれぞれ教えてください。
楢﨑 やっぱり食べ物ですね。深夜に自分で料理をするのが好きです。僕は広島出身なんですけど、ふるさと納税でたくさんせんじ肉をゲットしたんですよ。
三宅 せんじ肉って初めて聞きました。どんなものなんですか?
楢﨑 豚のホルモンを揚げてカリカリにした珍味で、すごくおいしいです。それをタッパーに入れて料理酒にひたひたに漬けて。ごま油をかけてレンジでチンした後に、フライドオニオン、胡麻、ガラムマサラをかける。この食べ方がめちゃくちゃおいしくて、ハマっています。最後に残った小さなカケラを、白飯で食べるのが最高です!
三宅 へええ! 買ってみます。私はコロナ禍から、YouTubeをすごく観るようになったんです。そこで「Minecraft」(マイクラ)の実況動画にハマりました。
楢﨑 僕も「マイクラ」関連の動画、めちゃくちゃ観ています!(笑) 狩野英孝さんのチャンネルが大好きです。
三宅 わあ、「マイクラ」の話もできるなんてうれしい! 私は「さんちゃんく!」さんのチャンネルが好きで。3人とも天才すぎて、無茶なことをやり始めるので面白いです(笑)。「マイクラ」が誕生したときからずっとやってきた方は、もう子供から成人に成長して、その方がYouTuberになったりしているんですよね。そんなふうに歴史を感じるところも面白いです。
──最後に、楢﨑さんから読者に向けて「羽虫のヘルツ」への推薦メッセージをいただけますか。
楢﨑 「羽虫のヘルツ」と「王様ランチ」、どちらからでもいいと思うんですが、ひとまず1話を読んでみてほしいですね。マンガ好きな人は、絶対に手に取ってみてください!
三宅 ありがとうございます……! 1巻はやっと登場人物が出揃うところまでですが、2巻以降は少しずつ話が動いていきます。キャラが渋滞しているから、それぞれを深掘りしていくと話がなかなか進まないんですけど、飽きずに読んでいただけるように考えていきたいですね。札幌は狭い街で、知り合いの友達が友達だったというくらい近い感覚があるので、その感じをマンガでも出せたらいいなと思っています。
楢﨑 楽しみです。今後も推させていただきます!
三宅 ありがとうございます……! 今日は本当に楽しかったです。スタジアムツアーもがんばってくださいね。
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プロフィール
三宅乱丈(ミヤケランジョウ)
1966年4月24日生まれ、北海道出身。1998年、第3回モーニングMANGA OPEN青木雄二賞を受賞した「ヘビースモーカーの息子」がモーニング(講談社)に掲載されデビュー。主な著作に「ぶっせん」「大漁! まちこ船 戦え! 北極警備隊」「ペット リマスター・エディション」など。2006年に月刊コミックビーム(KADOKAWA)でスタートした「イムリ」は連載14年に及ぶ長編大作に。その後、月刊コミックビームで「ペット リマスター・エディション」の続編となる「fish-フィッシュ-」を発表。2024年11月からは同誌で「羽虫のヘルツ」を連載している。
楢﨑誠(ナラザキマコト)
3月18日生まれ。2012年に結成されたバンド、Official髭男dismのベース / サックス担当。Official髭男dism は2015年4月に1stミニアルバム「ラブとピースは君の中」をリリースし、デビュー。2018年4月にはMajor 1st Single「ノーダウト」でメジャーデビューを果たした。国内外で精力的にライブ活動を行っており、直近では「OFFICIAL HIGE DANDISM LIVE at STADIUM」と題したスタジアムツアーを5月17日、18日に大阪・ヤンマースタジアム長居で、5月31日、6月1日に神奈川・日産スタジアムで開催予定。また「SUMMER SONIC 2025」「SWEET LOVE SHOWER 2025」「WANIMA presents 1CHANCE FESTIVAL 2025」といった音楽フェスへの出演も決まっている。
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